⌚ 2025/5/ 8 (Thu) 🔄 2025/5/14 (Wed)
デジタルツインの先進事例から学ぶ、確実なROIを実現する実装の要点

デジタルツインの導入をDX戦略の柱として位置づける企業が増加しつつあります。本稿では、製造・建設・農業・物流・都市開発・災害対策の分野から厳選した最新事例をもとに、具体的な投資対効果と成功のポイントを紹介します。
- デジタルツイン導入による投資対効果と具体的な進め方を知りたい方
- デジタルツインのプロジェクト計画立案や予算確保の参考事例を探している方
- 自社の業務改善に活用できるデジタルツインの具体例を知りたい方
1.デジタルツインとは
デジタルツインとは、現実世界の物理的な対象をデジタル空間に再現し、リアルタイムデータを活用してシミュレーションや最適化を行う技術です。センサーデータと3Dモデルを組み合わせることで、製造ラインや建築物、都市インフラなどの状態をリアルタイムに把握し、予測的な制御や意思決定の高度化を実現します。 IoTデバイスの普及とクラウドコンピューティングの発展により導入のハードルが下がり、幅広い業界での活用が進んでいます。
2.デジタルツインの導入を成功させるための実践的アプローチ
デジタルツイン導入の成功には、技術面での適切な選択に加え、組織的な準備と段階的な展開が重要です。以下のポイントを押さえることで、確実な成果につなげることができます。
2-1.ステップバイステップの展開計画
限定的な範囲でのPoC(実証実験)から始め、効果検証を重ねながら次のように段階的に展開範囲を広げていく方法がリスクを最小化しながら確実な成果を上げるポイントとなります。
準備フェーズ
まず業務プロセスの現状分析を行い、優先的に改善すべき領域を特定します。その上で具体的な効果指標(KPI)を設定し、プロジェクトの方向性を明確にします。
実証フェーズ
限られた範囲で技術検証を実施し、データ収集・分析の基盤を確立します。この段階で現場オペレーションとの整合性を確認し、必要な調整を行います。
本格展開フェーズ
実証で得られた成功事例をもとに横展開計画を策定します。必要なIT基盤の整備と運用体制の確立を進め、全社展開への準備を整えます。
2-2.データガバナンスとセキュリティの確立
高品質なデジタルツインの実現には、データの質と鮮度の管理(データガバナンス)が不可欠です。以下の要素を考慮した包括的な管理体制の構築が必要です。
データ品質の確保
センサーデータの精度管理と収集頻度の最適化を行い、異常値の検出と補正の仕組みを確立します。これにより、デジタルツインの基盤となる信頼性の高いデータ収集が可能となります。
セキュリティ対策
適切なアクセス権限の設定とデータの暗号化を実施し、定期的なセキュリティ監査によって安全性を担保します。特に、マルチベンダー環境でのデータ統合においては、標準的なセキュリティフレームワークの採用が推奨されます。
運用体制の整備
データオーナーの明確化と更新ルールの策定を行い、部門間でのデータ共有の仕組みを確立します。これにより、データに基づく意思決定プロセスを組織に定着させ、継続的な改善を実現します。
3.デジタルツイン導入のROIと成功のカギ
デジタルツインは、適切な計画と実装方法の選択により大きな投資効果を生み出せます。導入事例を分析した結果、高いROIを実現した企業に共通する要素が明らかになりました。特に、初期投資の最適化と段階的な展開が重要です。
3-1.製造業のデジタルツイン:生産ライン最適化による効率向上
日立製作所の大みか事業所では、デジタルツイン技術を活用して製造ラインの効率化を実現しました。製造ラインのデジタルツインを構築し、生産の進捗把握、品質改善、設備不良の自動検出などに活用しています。
同事業所では、RFIDタグ約8万枚とRFIDリーダー約450台、ビデオカメラを導入し、人とモノの流れをデータで可視化。これにより、代表製品の生産開始から出荷までの時間を大幅に短縮することに成功しました。具体的には、設計工程で20%、調達で20%、製造で10%のリードタイム削減を達成しています。
さらに、「RFID生産監視システム」「作業改善支援システム」「モジュラー設計システム」「工場シミュレーター」の4つのシステムを連携させることで、生産の高効率化を実現。これらの取り組みにより、生産性向上と効率化を実現しています。
製造業のDX推進については、次の記事もあわせてご覧ください。
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3-2.建設業のデジタルツイン:建築プロセス全体のデジタル革新
竹中工務店では、建築・まちづくりの全プロセスでデジタルツイン技術を活用しています。着工前には、サイバー空間上で「バーチャル竣工」を実現し、設計の最適化を実施。施工中はMR(複合現実)ゴーグルを使用して設備の収まりや見栄えを現地で確認しています。
竣工後は、デジタルツインを活用した「スマートビル」により、建物管理や制御を高度化。
さらに、ロボットの活用や遠隔操作、「MR配筋検査」の導入など、革新的な取り組みを通じて建設プロセスの効率化と労働環境の改善を実現しています。
建設業のDX推進については、次の記事もあわせてご覧ください。
建設DXで業界改革!導入のメリットと推進のポイントを解説
3-3.農業分野のデジタルツイン:次世代型スマート農業の実現
Happy Qualityとフィトメトリクスは、農業版3Dデジタルツインのプラットフォームを共同開発し、仮想空間上で農作物栽培環境を再現することに成功しました。このプラットフォームでは、遠隔での栽培指導や果実の個数計測、熟度推定、病害虫診断などのAI教師データ生成、さらには農業ハウスの設計から収量予測までを一貫して行うことが可能です。
特筆すべき成果として、農業用UGV(無人走行車両)開発のための「オーダーメイドデジタルツイン農場」サービスを開始。3D開発プラットフォームのUnityとセンサー技術Lidarを活用し、高精度な走行シミュレーションを実現しています。これらの取り組みにより、データドリブン農業の実現と、高齢化や後継者不足といった日本農業の課題解決を目指しています。
農業のDX推進については、次の記事もあわせてご覧ください。
農業DXとは?解決すべき現状の課題や取り組み事例について解説
3-4.物流業のデジタルツイン:次世代物流プラットフォームの構築
ヤマト運輸は、デジタルプラットフォーム(YDP)を構築し、物流業務の効率化を推進しています。このプラットフォームでは、荷物位置のリアルタイム把握と30分ごとの配送状況更新を実現し、全社の物流オペレーションを可視化しています。
AIを活用した配送ルート最適化システムを全国約4000拠点で展開。さらに、EC事業者向け宅配サービス「EAZY」を開発し、多様な受取場所に対応した柔軟なサービスを提供しています。デジタルツインとAIを活用した荷物動向予測とダイナミックプライシングにより、配送生産性を最大20%向上させる見込みです。
物流業のDX推進については、次の記事もあわせてご覧ください。
物流DXとは?物流業界の課題と解決につながる活用例も解説
3-5.都市開発のデジタルツイン:東京都のスマートシティ戦略
東京都では都民のQOL向上と経済力強化を目指し、都市全体のデジタルツイン化を推進しています。建物、道路、インフラ、経済活動、人の流れなどをサイバー空間上に再現し、防災、まちづくり、モビリティ、エネルギーなど幅広い分野での活用を計画しています。
2021年度からは3D都市モデルを活用した実証実験を開始し、2022年度には東京都デジタル3Dビューアを公開。2030年までの完全なデジタルツイン実現を目指し、都市状況のリアルタイム把握や最新データを用いた分析・シミュレーションを通じて、都市計画、防災対策、市民サービスの向上に取り組んでいます。
3-6.災害対策のデジタルツイン:防災シミュレーションの高度化
神戸市では、NTTドコモ、理化学研究所計算科学研究センターと協働し、スーパーコンピュータ「富岳」を活用した先進的な防災システムの構築を進めています。市街地を精密に再現したデジタルツインにより、群衆行動の詳細なシミュレーションを実現しています。
具体的な活用として、2025年開設予定の神戸アリーナからの避難経路検討や災害時の帰宅困難者誘導方針の策定を実施。世界最高水準の計算性能を持つ「富岳」により、複雑な多ケースの検証を短時間で行うことが可能となり、より実効性の高い防災計画の立案を目指しています。今後は神戸発の防災モデルとして、他地域への展開も計画されています。
4.デジタルツインを実現する技術基盤と実装手順
デジタルツインの効果を最大化するには、業界特性に応じた適切な技術選択と実装方法の確立が重要です。データ収集から分析・可視化まで、段階的な実装と既存システムとの連携を考慮した柔軟なアーキテクチャ設計が求められます。
4-1.データ収集・統合基盤の構築
製造業では1秒間に数百回のデータ収集が必要な一方、農業では10分間隔の環境データ収集で十分な場合もあります。業界特性に応じたセンサーネットワークの設計とデータ統合プラットフォームの選定が不可欠です。
- 製造業:OPC-UAプロトコル(産業機器間の通信規格)を活用した高頻度データ収集と品質データの統合
- 建設業:BIMデータ(建物の3次元設計情報)と現場センサー情報の連携による3D可視化
- 農業:気象データと作物生育データの統合による環境制御
- 物流:GPS位置情報と交通データの連携によるリアルタイム最適化
4-2.リアルタイムデータ処理の実現
エッジデバイス(現場に設置される処理装置)での前処理とクラウドでの統合分析を組み合わせたハイブリッド構成が効果的です。特に、5G通信網との連携により、ミリ秒単位でのデータ処理とフィードバックが実現可能となっています。
業界別の処理要件の例:
- 製造業:生産設備の異常検知と即時対応のための低遅延処理
- 建設業:ドローン撮影データと3Dモデルの統合による進捗管理
- 農業:環境センサーデータの統合と制御システムへのフィードバック
- 物流:配送車両の位置情報と需要予測の連携による配送最適化
4-3.分析・可視化システムの実装
3次元モデルとセンサーデータを組み合わせたダッシュボードにより、直感的な状態把握と異常検知が可能です。WebGL(ブラウザ上で3D表示を実現する技術)ベースのブラウザ表示とモバイルアプリの連携により、現場作業者から管理者まで、シームレスな情報共有を実現できます。
業界別の可視化要件の例:
- 製造業:生産ラインの3Dモデルと稼働状態のリアルタイム表示
- 建設業:BIMモデルと工程進捗の統合表示、安全管理情報の重畳表示
- 農業:栽培環境データと作物生育状態の統合ダッシュボード
- 物流:配送ネットワーク全体の状態可視化と予測シミュレーション
4-4.既存システムとの連携方式
基幹システムとの適切なデータ連携により、業務プロセス全体での最適化を実現します。標準的なAPIとデータフォーマットの採用により、将来的な拡張性も確保できます。
業界別の連携要件の例:
- 製造業:生産管理システムとの連携による製造プロセスの最適化
- 建設業:工程管理システムと原価管理システムの統合
- 農業:栽培管理システムと出荷管理システムの連携
- 物流:在庫管理システムと配車管理システムの統合
5.予算確保と社内展開のポイント
デジタルツイン導入の承認を得るには、具体的なROI試算と段階的な展開計画の提示が不可欠です。特に、初期投資を抑えながら確実な成果を示せる領域から着手することが重要です。
5-1.投資対効果の試算方法と提案のポイント
設備稼働率の向上、エネルギー消費の削減、品質不良率の低下など、定量的な指標に基づくROI算出が重要です。初期投資を抑制するクラウドサービス活用と3か月以内での小規模実証により、経営層への説得力のある提案が可能となります。
5-2.社内展開の成功パターン
先行導入企業では、小規模な実証実験からスタートし、効果を可視化しながら段階的に展開するアプローチが成功を収めています。特に、現場のキーパーソンを巻き込んだ推進体制の構築が重要です。
6.デジタルツインの発展性と今後の展開
デジタルツインは企業のDX戦略における中核技術として、活用範囲の拡大と新技術の統合により、さらなる価値創造が期待されています。AI・機械学習の活用や業界を越えた連携を通じて、その重要性は今後さらに高まっていきます。
6-1.AI・機械学習との統合
デジタルツインから得られる大量のデータは、AIによる高度な分析の基盤となります。センサーデータのパターン分析により、異常の予兆検知が可能になります。またシミュレーションと実データの組み合わせにより、予測モデルの精度を向上できます。これらの技術を活用した運用パラメータの最適化でシステム全体の効率化を実現します。
6-2.クロスドメイン活用の展開
業界の垣根を越えたデジタルツイン連携により、次の例のような新たな価値創造の可能性が広がっています。
- 製造×物流:サプライチェーン全体での生産・物流の最適化
- 都市×防災:都市インフラと気象データの連携による防災力強化
- 農業×小売:生産計画と需要予測の連携による廃棄ロス削減
6-3.データ活用の高度化
デジタルツインの運用で蓄積されるデータは、より高度な予測と制御を可能にします。長期的なデータ分析により、設備の寿命予測が実現できます。さらに、さまざまな条件下でのシミュレーションや類似環境での知見活用により、運用の最適化を図ることができます。
6-4.運用・保守の効率化
デジタルツインの運用自体を効率化することも重要な発展方向となっています。センサーデータの品質管理を自動化し、予防保全計画の自動立案を実現します。また遠隔地からの状態監視と制御により、保守作業の効率化を進めることができます。
6-5.専門人材の育成
デジタルツインの発展には、それを支える専門人材の育成が不可欠です。データ分析や運用保守のスキル向上を進めます。さらに、業務知識を持つドメインエキスパートとデジタル技術の専門家が協働することで、より効果的な活用が可能になります。
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7.まとめ:デジタルツイン導入の次の一歩
デジタルツインの導入は、適切な計画と段階的な実装が成功のカギとなります。製造業では設備稼働の最適化から、建設業では施工品質の向上から着手し、段階的に活用範囲を広げることで確実な成果につなげることができます。さらに、AI・機械学習との統合やクロスドメイン活用の展開により、新たな価値創造の可能性が広がっています。
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【この記事を書いた人】
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